脳性まひ者 しんやのひとりごと

脳性麻痺による両上下肢機能障害と共に生きる筆者が、折にふれ、浮かぶ思いをつづる。

みえないんだからさ…

 煤けた顔に、衣も泥がついている。旅の途中、泊まった小屋で休んでいると、目をぎらつかせた変態男が、か弱い女とみて、犯そうとする。
 スパッ
 指を刀で切られた男は、あわてふためいて逃げていく。
 女優の綾瀬はるかさんが演じる盲目の旅芸人、名は市という。逆手切り、という抜き打ちの剣術は、自分で身を守れるよう、父親が教え込んだもののようだ。その探していた父が旅の途中、流行病で亡くなっていたと、あとで知ることになる。
 泊まった小屋の暗闇で、市は小さくつぶやく。
「何を切るか、わからないよ。みえないんだからさ…」
 そのセリフが決まっている。かっこいい。障害があっても、この世で生きるために、努力のうえ獲得した身を守るすべだ。
〈ICHI〉とは、強きをくじき、弱きを助ける盲目の剣客映画〈座頭市〉シリーズのひとつである。だいぶ前、このコマーシャルが流れていたとき、主人公を演じる綾瀬はるかさんがカッコよく、おもしろそうだったので、
──DVDが出たら、かりよう…
 と思っていた。
 いろんな雑事でくたびれた夜は、ドラマをみるのが楽しみだったが、このところ、あまりおもしろいものがない。ふと思い出し、インターネットの〈楽天〉レンタルサービスでDVDを借りてみたのである。おかげで気晴らしになった。
 どこから、何がくるかわからない
 生きていくうえはだれだって、そんな不安はつきまとうだろう。ぼくは脳性まひ、という運動神経に関わる障害で手足があまり利かない。言葉も舌がもつれ、はっきりしない。
 子どものころ、施設で成長していくにつれ、まわりの大人のひとと信頼関係が成り立たない状況のなかで、この社会で身を守るすべは、文しかないと思うようになった。割りばしをつけたサンバイザーをかぶれば、あたまを動かしながらワープロのキーを打ち、時間はかかっても長い文が作れるようになった。
 あのころから、どれぐらいたつのだろう。気づけばぼくも四十四歳になっていた。いくら努力を重ねても、ままごとみたいな文しかかけなかった。けれど、おかげで時を経て、自分の身を守る盾になった。
 いまは介護サービスを利用しながらアパートを借り、いろんな人のいる地域で暮らしている。
 次の旅へ一人発つ、綾瀬はるかさん演じる市の背中には、どこか哀愁がただよう。
──自分の身を守るだけでは、まだだめだ。この社会の多くの人に、こんな文ででも、伝えていかなければならないことがある。口のきけない人、寝たきりの人へしわ寄せがいかない、真の社会の実現を願う。福祉が強者のためだけのものであってはならない。ぼくももっと、力をつけねば…。
 心に誓う…。