あの子もどこかで…
街路樹の下の歩道を電動車いすで行く。葉ずれの音がして、枯れ葉が舞い散る。
平成二十二年十一月四日は青空が広がり、雲がゆっくり流れていた。
手続きの用があって、長町の銀行へ、ヘルパーさんについてもらって出かけた。
思いのほか早く済んだので、ショッピングモールのCD売り場に、ふらっと寄ってみた。
少し前まではネット上のレンタルサービスの会員になっていた。月に何枚もCDを借りるわけではないので、かえってわずらわしくなり、いまは利用をやめていた。
「あぁ、癒されるな…」
思わずつぶやく。〈いきものばかり~メンバーズBESTセレクション~〉というアルバムCDが発売されたのはわかっていた。そのうちだれかに借りようと思っていたが、目の前にするとほしくなり、
「う~ん、買います」
「買っちゃいますか。フフ」
ついて歩いてくれていたヘルパーさんに、気がつくと、そう指示していた。
ルンルン気分で、売り場を出ると、本屋さんとのあいだに、来年のカレンダーが並んでいた。
「一年たつのって、あっという間ですよね。もう、また、年とっちゃうわ」
言いながら、ゆるいパーマの四十代の主婦のヘルパーさんがついてきてくれていた。強い風が吹くと、髪のかたちがサザエさんになる人だ。
見やすいカレンダーがいいと思って眺めていると、肩を軽くポンとたたき、のぞき込んで、
「尾崎さん、志田未来ちゃんのカレンダーとか、いいんじゃないですか」
「えっ。ハハハ、未来ちゃん、かわいいけど、部屋に飾るのはちょっとかわいそう…。だってぼく、オッさんだよ」
志田未来さんは、いまは高校生の女優さんだ。大手広告会社を舞台にした〈サプリ〉というドラマが何年か前にあり、子役で出ていた。
そのときのころっとした目、ちょっとふっくらしたほお、ちょっとひかえめなキャラ、そこからかもし出す雰囲気に、どきっとしたことがあった。
ぼくが十四、五歳のころ、障害児施設の夏休みや冬休みに、母の実家のほうへ帰省していたときだった。よく縁側に座って外を眺めながら過ごしていた。すると毎日のように家の前を通っていく女の子がいて、はじめは気にもとめないでいた。
おかっぱ頭で、ころっとした目、少しほおのふっくらした子だった。十二、三歳ぐらいだろうか。
女の子など、特別意識したこともなかったのに、気がつくと、
「手も足も曲がってかっこわるいし、おしゃべりだって、うまくできないし…。ぼくなんか…」
そんなことを思い悩むようになり、眠れぬ夜を何日も明かしていた。
そのころラジオからよく流れていた村下孝蔵さんの〈初恋〉という歌が、気持ちを代弁してくれているように思えて、じっと聴いていた。
〈サプリ〉というドラマに出ていた志田未来さんの姿をみた瞬間、あの子が重なって、どきりとしたのである。その話をヘルパーさんにしたことがあった。
「あの、なんていうか、リアルな志田未来ちゃんじゃなくて、似てるコが昔いたっていう話、したじゃないですか。名前も知らないし、片思いなんだけど、そういう、思い出みたいなものがあって…」
にっこりうなずきながらヘルパーさんは、
「なんとなく、わかる気がします」
いつのまにかぼくも四十三歳になり、白髪もほんの少しずつ増えてきた。
どこからみても、哀愁ただよう、冴えないオッさんだ。けれど、目を閉じれば、あの子が、ほほえんでくれている。
アパートの部屋でひとりになり、買ってきた〈いきものがかり〉のCDをかけ、布団に横たわる。
心にしみる吉岡聖恵さんのやさしい歌声に癒される。あのころのあの子を思いながら、いつしかぼくは、まどろんでいた…。