脳性まひ者 しんやのひとりごと

脳性麻痺による両上下肢機能障害と共に生きる筆者が、折にふれ、浮かぶ思いをつづる。

イチジクの花…

 アパートにみえる客や知人、あるいは出かけた先で、たまに聞かれることがある。
「尾崎さんは、自伝を書こう、というおつもりは、ないんですか」
 脳性まひ、という運動神経にかかわる障害があり、ぼくは歩くこともできないし、手もうまく使えない。思いや考えを、人に伝えるにも、言葉がはっきりしない。
 お産のときの、医療の現場のミスによるものと、母から聞かされた。
「障害のあるなしは、関係ない、とはいっても、口が利かず、すぐさま言葉が出てこないってのは、それだけくやしい思いをしたことも、多かったんじゃないですか」
 ふり返ってみると、あんなシーン、こんなシーンと次々とわき出してきてしまう。
 それらを、どう扱えばいいのか、よくわからなかったりする。
 だからいまは、そういうものは、書くべき時ではない、と思う。
 口があんまり利かず、ペンをうまく扱えなくても、パソコン、というものがある。
 割りばしをつけたサンバイザーを被り、あたまを動かせばキーが打てるし、自分の思いを文にできる。
 折にふれ、心に浮かぶ思いのような文は、ままごとみたいにつづっていけるけれど、自伝は荷が重い気がした。
 父といっしょに暮らしていた家を、母に負ぶわれて出たのは、五歳になるころだった。母の実家で面倒をみてもらっていたが、いつもだれかの手がないと、身のまわりのことができないぼくは、やがて家族と離れ、施設で暮らすようになる。
「せめて七歳まで、いっしょに暮らしたかった」
 母はあのころを思って、悔やんで言ったりするけれど、社会福祉もすすんでいない時代だった。母も母で、必死だった、ということはわかっていた。だから、
「べつにいいじゃん。昔のことなんて」
 と、にっこりしてみせるだけだ。
 思えば五歳のときから四十歳の秋の終わりまで、二つの施設暮らしを経験した。
 仕事への不満の矛先を、口がうまくきけない利用者へ、職員がぶつけている場面を、よく目にした。ぼくも、世話になる立場と思ってがまんしていたけれど、そんな日々に納得がいかなくなり、毅然とした態度、言葉で返すようになってから、面と向かってはこなくなった。
 オモテとウラの顔があり、運営側にはわからないようにふるまっているような人も、何人かいたりする。
 けれども、利用者のための運営が、うまくいっている施設だってある、という話も聞いたりする。
 どちらにしても、たいへんなら、あえていろんな人のいる地域に、障害のあるこの身をおいて暮らしたい。
 障害者地域支援団体の〈CILたすけっと〉さんに協力してもらい、訪問介護サービスを利用しながら、アパートを借りて暮らし始めてから、もう少しで三年になる。
 けれど夜、布団に入って暗闇で、ぼうっとしていると、
「うわ~」
 とか、
「いやだよ~」
 とか、ちいさく叫んでいる自分に気づいて、ハッとすることがある。そして、
「弱い立場の人を守っていくために、代弁者になってください」
 と、本気で言われ、とまどう自分もいる。
 へたな文でも、書くことで、いくらかでも福祉の現場がよくなっていけば、とも願う。
 同時に、犯人探しになるのだけは、避けたい、という思いもある。あとで心をあらため、がんばっている人も、なかにはいるはず、と信じたいからだ。
 二つの思いを、どうしたら、両立させていけるのか。
 少しぼんやりしながら、そんなことを考えていた。すると、午後の三時過ぎに、玄関のチャイムが鳴った。
 子どものころから、ときどき話を聞いてもらったり、なにかと面倒をみてもらっていたSさんが、遊びに来てくれた。肢体不自由児協会、というところでボランティアの指導、また大学で学生に社会福祉を教えている五十歳ぐらいの静かな男の人だ。
「元気? イチジク持ってきたけど、食べれる」
 ぼくは思わず、身を乗り出した。
「うわぁ、めずらしい」
 幼いときからいままでの、主なできごと、そして気持ちの流れ、みたいなのを簡単に整理していた文があった。いつか前向きに、あの過去を受け入れられる日がくるかもしれない。そのときの資料に使おうと思って書いていたものである。
 Sさんは、それを読みながら、なんどもうなずいていたが、にっこりしながら、
「いいと思うよ。これを完成させるのが、しんやの仕事だね」
 と言ってくださった。
 うれしかったけれど、人にみてもらう文にするには、もう少し心の中で消化して、前向きになれるものを加えていかなければならない。そんなふうに、つらい過去を受け入れられる日がくるのだろうか…。
 イチジクのおみやげがめずらしかったので、ネットで調べてみた。すると、
「イチジクは、外からは見えないところに花をつける」
 という説明文があり、ぼくもいつか、心で笑って話せる日がくるのだろうかと思いを馳せた。
 Sさんは、包丁でイチジクの皮をむき、口へポンと入れてくれた。
「どう?」
 にっこりしながら、ぼくはうなずいた。
 自然のめぐみのやさしい甘さが、口の中に、ほんのり広がった。