脳性まひ者 しんやのひとりごと

脳性麻痺による両上下肢機能障害と共に生きる筆者が、折にふれ、浮かぶ思いをつづる。

ある午後のひととき

 外は陽がさしていたが、電動車いすで道ばたを行くと、かすかな風さえ冷たくて、身に沁みてくるようだった。
 昼近く、近所のヤマザワのスーパーへ出かけて戻ってきた。食事、片づけがすんで、ヘルパーさんが帰り、少し休んでいた。
 午後一時になり、玄関のチャイムが鳴った。ぼくは這っていって、手がうまく動かなくても自分であけられるように、細工していたもので錠をはずす。そろそろボランティアの学生さんが来るころだと思ったからだ。
「すみません、錠ははずしたんですけど、ぼくノブがまわせないんで、外からあけてもらえますか」
「は~い」
 ドアの向こうから明るく元気のいい声がしたが、ドアが開くと、若い娘さんが二人、ちじこまって、ふるえている。寒そうだったので、急いで中へ入ってもらった。
「うわ~、あったかい…」
「ぼくもさっき、外へ出たんだけど、寒かったですね」
「ほんと、きょうは外、寒かったっす、ハハハ」
 平成二十二年二月十二日、いちばん、寒い時期かもしれない。
「尾崎さんに、ぜひ、みてもらいたいものがあるんです…」
 ときどきボランティアでみえていた学生さんにメールをもらい、互いに予定がない日を打ち合わせて来てもらった。
 東北工業大学一年の学生さんたちで、建築関係のことを学んでいるらしい。だれもが住みやすい家、公共施設についての研究発表があり、ぼくもボランティアしてもらっている縁で、取材を受けた。大学で発表したものをファイルしてもってきてくれたのだ。
 ぼくのアパートの中の移動は、四つん這いか膝立ちである。木のフロアのままだと硬くて膝が痛くなるので、クッションを敷いている。部屋とキッチンのあいだには少々の段差があり、スロープをつけてもらっている。トイレの手すりも、大家さんの許可を得てつけてもらったものだ。
 脳性まひ、という運動神経の障害があって手足が不自由でも、ひとりでいるときは自分で動きやすいように、あるいは介助をしてくれる人にとってもやりやすいよう、工夫してあるところも、学生さんたちは気がついて、ポイントをおさえ、よくまとめられていた。
 バリアフリー研究発表のファイルをみて、
「すごく、わかりやすいですね」
 と呟くと、
「よかった…。クラスでも、ほめられちゃいました」
 学生さんたちは笑顔をたたえ、そのときのようすを話してくれた。
「じゃ~ん。あさって二月十四日なんで、ちょっと早いけど、バレンタインです。どれがいいか、選ぶのに時間かかっちゃって」
 しゃれた透明のカップのスイーツだった。チョコレート味といちご味があり、
「ありがとうございます。なんか、すごいおいしそうですね…」
 いただいたものを三人でわけて食べた。チョコレートのやさしい甘さが口の中に広がった。
 いつしか動物、虫との思い出話になり、長い髪の学生さんが、
「あたし、小さいころ、カブトムシすきで、よく飼ってたんですよ」
 おかっぱのめがねの学生さんが、
「えっ、女の子で、カブトムシすきって、ヘンじゃん?」
「だってカブトムシ、かわいいもん!」
 彼女たちのやりとりがおかしくて、笑いが込み上げた。
 ゆったりした雰囲気で、三人でおしゃべりしながら、午後のひとときを過ごした。ぼくも、いつのまにか女の子気分になり、その懐かしい感覚に首をかしげたが、幼いころに、近所の子とままごと遊びをして、楽しかったときの気持ちだった、と気づいた。そろそろ時間になり、
「こんど遊びに来るときは、なんか作りましょうか」
 リクエスト、ありませんか、と聞かれ、ぼくは、寒いので、煮物が食べたい、といった。
「わかりました。おいしい煮物を研究してきます。寒いので、尾崎さんも風邪に気をつけてくださいね」
 ひとりでいた部屋に、パッと花がひらくように、明るい笑顔と声をふりまいて、若い娘さんたちは帰っていった…。