脳性まひ者 しんやのひとりごと

脳性麻痺による両上下肢機能障害と共に生きる筆者が、折にふれ、浮かぶ思いをつづる。

電話の前でドキドキ

 伝えなければならない内容は、FAXで送ったが、
──電話もしておいたほうがいいかなぁ。
 ある保険の期限が切れるので、続けて利用するための手続き案内が、アパートのポストに届いていたのがあった。
 この保険料、いまのぼくの状況にはちょっと高いし、これから受けなければならないほかのサービスと内容がかぶる部分があると、あるところの人に相談して教えられたこともあり、もうやめておこう、と思っていた。
 まずはこの用事を忘れないうちに、きょう済ませておきたいと思ったのである。
 朝の介助で来ていたヘルパーさんが、九時で帰ってから、ぼくは電話の前へ四つん這いで這っていく。
 割りばしをつけたサンバイザーをかぶり、電話のボタンにねらいを定めて、あたまを動かしながら、番号を押そうとしたが、ふと止まる。
 ぼくには脳性まひ、という障害があり、言葉がはっきり出てこなかったりする。
 よくなれない店に電話をかけ、どうにか用件を話し始めると、
「朝っぱらから、酔っぱらってるんですか」
 ガチャンと、いきなり電話を切られることがある。
 なんど経験しても、毎回やぱっりへこんでしまう。
 たぶんこちらの話を聞き取ろうともせずにそう言って電話を切る人は、健常者同士の関わりでしか、話のやりとりをしたことがなかったりするのかもしれない。
 言葉がはっきり聞きとれないと、ろれつの回らなくなった酔っぱらいの姿しか浮かばないというのも、そう考えると無理もない。
 適当なことばが浮かばないので健常者同士と書いてしまったが、どういう人が障害者で、どういう人を健常者というのか。これも考えはじめると、わからなくなってしまう。
 ぼくのいるこの社会って、どんな人を中心に回っているんだろう。
 いろんな人が世の中にはいるのだから、自分とちがうペースの人の存在も忘れずに認め、うまくつきあっていく能力も、人として生きるためには大切だと思う。なのに、小さいときからそれぞれみえない仕切りがあって、それが当たり前みたいな感じになっているのはなぜなんだろう…。
 ぼくはとにかく、用事をひとつ済ませるため、思いきって電話のボタンを押した。
「こちらは○○の○○保険ですが……、」
 型どおりの話し方で、若い女の人の声だった。ぼくは、電話のマイクに口を近づけた。
「保険の、契約更新手つづきの案内をいただいたんですが、この件で、いまFAXさせていただききました。届いてますでしょうか」
「はい?」
 どうやら、聞きとれなかったようである。
 そう思っていると、相手の人はペースを落とし、明るい声になって言った。
「すみません、もういちど、いってもらえますか」
 さっきとはちがい、親しみのこもった話し方である。
 それに聞きとれないときは、もういちど言ってもらえますか、と言ってじっと聞いてくれるところがいい。
 ホッとしながら、ぼくはもういちど用件を伝えた。すると、
「FAXですね! いま確認しますね…」
 こうしてぼくは、ひとつ用事を済ませることができた。
 話を聞かずにガチャンと電話を切られるのはショックでへこむけれど、こんな人が出てくると、逆に、勇気がもらえる。
 へこむことがあっても、がんばろう…。世の中、いろんな人がいるんだもんな。