脳性まひ者 しんやのひとりごと

脳性麻痺による両上下肢機能障害と共に生きる筆者が、折にふれ、浮かぶ思いをつづる。

味オンチ

 ボランティアさんが迎えに来て、アパートを出たのは朝の九時すぎだった。
 電動車いすを操作しながら、冷たい風が目に染みて、涙が少し流れてくる。
 木枯らしがふいてどうしたと、ニュース番組でアナウンサーが伝えていたが、今年ももう、そんな季節になったんだ…。
 芋煮会に声をかけてもらうのも、これでおしまいかもしれないなぁ。
 なにかのときは声をかけてくださる人がいると、いつもありがたいことだなぁ、と思う。
 居宅介護サービスを利用しながらアパートで一人暮らしをしているが、ときどきは、いつもと変わったところで、息抜きしたいなぁ。そんなときもある。
 出かけた先で、少し眠気がしてきた。疲れが出たのかな、と思いながら、ぼうっとしていた。すると、
「芋煮、楽しみですね」
 長い髪で目のパッチリした十八、九の女の学生さんが、気づかうようにのぞき込んでいた。
 あわてて身を起こしながら、うなずくぼくに、
「仙台風と山形風、どっちが好きですか」
 ときいた。
 仙台風と、山形風って、どんなふうにちがうのかなぁ。
 首をかしげていると、その学生さんが教えてくれた。
「豚肉に味噌味が仙台風で、牛肉に醤油味が山形風なんですって」
 そうなんだぁ、と考えているうちに、なんだか目がさめてきた。そして、
「え~、そうなんですかぁ。知らなかったです。ぼく芋煮会、じつは今年、三回目なんですよぉ。けど、毎回よく考えないで食べちゃって……」
 せっかくの芋煮会なのに、いくつかいただいたときは、それぞれの味のちがいも楽しまなくちゃ、ダメだなぁ。
 われながら、こういうときは特にそう思ったりする。けれど、どうしても、みんなまとめて、ぜんぶおいしかった、という感想になってしまうのである。
 すると、その十八、九の学生さんは、
「じゃあ、どっちがおいしいか、食べてみてくださいね」
 と言い、ぼくは味のちがいを説明できるかな、と思いながら、自信なげに、はいと言った。
 芋煮ができて、その学生さんが食事の介助をしてくれながら、
「はい、どっちがおいしいでしょう」
 ときいた。
 ぼくは口をパクパクしながら、どっちもおいしい、と思わず答えようとして、あわてて口をつぐんだ。
 よく考えてみる。すると、ぼくは牛肉より、どちらかというと、豚肉がすきだった。
「やっぱり、豚肉の仙台風かなぁ」
「そうですよね。やっぱり地元の味だもんね」
「そう、ねぇ……」
 味のちがいがうまく言えないぼくは、しめた、話を切りかえられる、とここで思った。
「──そういえば、地元はどこなんですか」
「あたしは秋田です。子どものとき、なまはげがこわかったの。だって中の人、酔っぱらってるんだもん」
「酔っぱらっているんですかぁ。それじゃぁ、小さい子どもは、こわいよねぇ。ぼくも、小学校低学年のとき、施設の中につくったお化け屋敷で、わんわん泣いていたこともあったけど、聞いていると、なまはげのほうが、こわそうな感じがする……」
 学生さんの話がおもしろくなってきた。やわらかい感じの話し方で、ぼくもいつのまにか緊張がほぐされたような心持ちになり、ほっとしながら聞き入っていた。
 それにしても、どうしてぼくは、食べ物の味のこと以外に、話を切りかえようとしていたのだろう。
 食べたいおかずの名前さえ、ちゃんと言えなかったりする。赤いのとか、みどりのとか言って、まるで幼稚園児じゃん、と介助の人に笑われるときがある。
 それがバレてしまうのを、気にしていたんだろうか。