広瀬川灯ろう流し
ふうっと息をついて見まわすと、ゴザを敷いている家族づれ、浴衣姿の人、カップルが目についた。
暗くなるにつれ、川辺はそれらの人で埋まり、電動車いすでは、前にも後ろへも行けないくらいになっていた。
この日は、広瀬川灯ろう流しがあるので、いっしょに行きませんかと、同じ脳性まひで一人暮らしをしてる仲間から声がかかり、ぼくも加わっていたのだ。
かたわらのヘルパーさんに、缶酎ハイを口元へ運んでもらい、ストローですすったりしていた。
いつもはからだじゅうに力が入り、息をするのもつらいときがあったりするのは、脳性まひによる運動神経の障害があるからだ。
そんな症状も、アルコールが入ると、少しやわらいでくる。まわりをみて景色を楽しむ気持ちの余裕も生まれる。人の話を集中して聞きながら、楽しむこともできるようになる。いつも飲んでいる薬は、そうなる前に副作用で眠くなってしまうから、こういうときはアルコールがいちばんの薬だ。ぼくは、
「なんか、人がいっぱいだね」
とかたわらのヘルパーさんと話していると、前のほうから呼ぶ声がした。
「ねえ、ここに来ない」
仲間のヘルパーさんたちが、前のほうをあけてくれたのだ。ぼくは電動車いすからそこまでヘルパーさんたちに抱えて運んでもらい、正座しようとしてバランスをくずした。
「な、な、なんだ」
地面がかたむいて、斜めになっていたのだ。ようやく体のバランスをとり、前のほうをよく見ると、なんと、すぐ川なのである。
思わず息をのむと、ヘルパーさんがのぞき込み、ニヤリとして言った。
「尾崎さん、もしかして、高所恐怖症?」
するとそのとき、川とぼくのあいだに、このヘルパーさんにいてもらえば、落ちることはないと思いついた。
「ずっとぼくの前で、動かないでいてください」
「でも、上から将棋倒しになったら、先に落ちるよね」
そんなこと、かまうもんか…。
けれども少しずつなれてくると、吹いてくる風に、いつもいる場とはちがう心地よさがあった。
オレンジ色のほのかな灯りが、あちらこちら、川面をゆっくり流れている。灯ろう流しである。
きれいだなぁ。こんな近くで見るの、はじめてだぁ。
ここに身をおいて、流れる灯りをみつめていると、なんとなくおだやかな、ここちよい感覚になってくる。
「ねえ、花火だよ」
その声で、見上げると、まるで夜空に花が咲いたように、いろんな色の光が大きく広がった。
こんなふうに、夏の夜に酔っぱらって、川のそばでみんなで過ごすのも、いいもんだなぁ。こんな、いい気持ちになれるんだ。
思えば、ぼくは一人暮らしである。せっかく施設を出て、自分の意思と責任で動けるようになったのである。
これからは、こんなふうに、いい思い出をたくさんつくっていこうと、あらためて思う夏の夜だった…。