頭よくなあれ
手があまり利かないので、勉強や調べものをするときは、ブックスタンドに資料や本を立て、あごや鼻を使ってページをめくる。
その一連の動作がおっくうになり、や~めた、とときどき投げ出してしまったりする。
いつだったか、夕食のときにテレビをみていたら、むかしながらのやり方で味噌づくりをしている家が、取材されていた。
ぼくの口にスプーンでご飯を運んでくれていたヘルパーさんが、
「むかしはどこの家でもああやって、手間ひまかけてつくってたんだよねぇ」
いまじゃあ、ちょっと考えられないけれど、というふうにため息をついた。四十をいくつかすぎたくらいで、家では中学生や高校生のいる忙しいお母さんなのかもしれない。ぼくも、
「たいへんそうですねぇ」
と口をパクパクしながら言った。
けれども、むかしのひとは、だれかのよろこぶ顔を浮かながら、たいへんな仕事でもせっせとやりこなしたりしていたのかもしれないなぁ。
「おせん」という番組を見ながら思った。
このドラマは、代々つづいている料亭が舞台で、蒼井優さんが女将役である。
味噌をつくるにも、大豆を一粒一粒つまみ、分けるところからはじまる。こんな気の遠くなるような作業を、にっこりしながら、いとおしむように、
「おいしくなあれ。おいしくなあれ」
とくり返す。
昼間から酒を飲んで酔っぱらっている。電子レンジの使い方も知らず、食材の産地をお客に聞かれても、うまく答えられなかったりする。
けれども、料理をつくらせたら、とってもおいしいし、古い道具や物へのこだわりがあり、飾るときの置き方のセンスも、なかなかのものだったりする。なんでも完ぺきにできたら、逆におもしろくなかったかもしれない。
「頭よくなあれ、頭よくなあれ」
とくり返しながら、ぼくもなんだか、がんばる気になってきた。