空気が冷たくて
指先が特に、思うようには動かせない。外へ出ると、たびたび、
「ティッシュを……」
介助者がいなければ、鼻がかめないのである。脳性まひ、という障害のためだ。
電動車いすに乗せてもらっても、ひとりでの散歩はとうぶん大自然の神がゆるしてくれそうにない。冷たい空気の刺激で涙がぼろぼろ、鼻水も流れて、冴えないオッサンの顔が、さらにたいへんなことになってしまうからだ。
自宅にいると午前十時に、玄関のドアがひらく。
「よろしくお願いします」
ヘルパーさんがきて、ぼくはキッチンへ這っていった。
冷蔵庫をあけてもらって、中をみる。足りなくなっている食材があった。
ヘルパーさんについてもらい、電動車いすで近くのスーパーへ出かけたのだった。
スーパーの入り口を通る。温かくてホッとした。鼻水をすすってあたりを見回し、食材売り場へ進む。
納豆ご飯とか質素な食事が多かったから、たまにはサーモンの刺身もいいか。いや、熱燗をきゅっといっぱい。煮込みおでんも、いいなぁ……。
店内に流れるアナウンスが、
「もうすぐ節分です」
遠い時代、病気や災いは鬼のしわざと信じ、豆で払った行事と解説が続く。
赤鬼青鬼のマンガチックなお面がぎょろりとしたまなこで、行き交う買い物客をみていた。
正月のつもりでいたら、もう節分が迫っているのか。日のたつのが早いのは年を重ねたせいなのだろうか。こんど誕生日がきたら、ぼくも五十なのか。あぁ……。
用が終わってスーパーを出た。
吹いてくる風が冷たくて、またブルッとしてしまう。
平成二十九年一月二十日、きょうは大寒である。
空を仰ぐと雲が広がっていた。
「風邪ひかないでね」
ささやく声がして、みまわすが、それらしき人はない。そばの木が、かすかにふるえ、心なしか寒そうだった。風邪ひかないうちに、ぼくも早く帰ろう。