シャバシャバだよ~
「シャバシャバだよ~、尾崎さん」
昨晩の就寝時、おかっぱ頭の四十過ぎの主婦のヘルパーさんがそう言ってみえた。
「シャバシャバ?、ですか」
「そうそう!」
そして、
シャバシャバ~[E:#x266A]
小声でくり返し、へへっ、と笑う。どこかできいた節回しだ。
笛も太鼓も鳴っていないけれど、お祭りの空気がただよう、からからしたひとだ。外はみぞれっぽい雪が降っているという。午前零時だが、いつもよりは寒くなかったらしい。
翌朝、カーテンを開けてもらう。くもり空がひろがっていた。朝訪問のヘルパーさんが帰ってから、ぼくはひとり、パソコンに向かう。
割り箸をつけたサンバイザーをかぶり、頭を動かしてキーを打つ。脳性まひ、という運動神経に関わる障害で手足が満足に動かない。言葉がはっきりしないぼくにとって、家計簿、銀行の残高管理、振り込み手続き、連絡など、自分でできるのは、このパソコンのおかげだ。
アパート近くの道を車が行き交うたび、水しぶきがきこえてくる。
パソコンにむかっていたぼくは、ふうっと息をつく。
水しぶきの音に、しばし耳を傾ける。
平成二十四年三月十日、このところは三寒四温の空模様である。
また画面に向かっていると、玄関のほうからノック音がした。午前十時半である。
「おはようございます」
首が長くて背の高い、デカい目のきらきらした二十代半ばの男のヘルパーさんがひょろりひょろりとみえた。そのようすを見あげているうち、吹き出してしまったことがある。
同じ事業所の何人かのヘルパーさんも、彼の話をするとき、
「キリンさんがねえ」
とやりとりするようになった。彼も、ふつうに言っていた。
「首長え~って、友だちからも、よく言われますよ」
不意に、きいた。
「外は、シャバシャバ、ですか」
彼は首をかしげていたが、
「あっ、そうですね。みぞれが降ってますね」
どうやら昨夜みえたヘルパーさんからうつってしまったらしい。
ぼくはうなづき、ちょっと近所の店で買いたいものがあったけれど、今度にしよう、と思った。
パソコンデーターのバックアップ用に使っている、外付けハードディスクの置き場所を移動したかった。それにはつないでいたUSBケーブルがみじかすぎたので、いつもの昼食、家事が済んだあと、長いのに取り替えてもらう。サービス時間内にすんだ。
つぎは、
「玄関のドアと、ベランダの窓を開けてください」
「空気の入れ換えですね」
予報ではプラス三度までしか上がらないといっていた。
ちょっと寒いけれど、部屋の空気がすんでくると、気分もすがすがしくなる。水しぶきが上がる。そのひびきが心地よい。つい口ずさむ。
シャバシャバ~[E:#x266A]