脳性まひ者 しんやのひとりごと

脳性麻痺による両上下肢機能障害と共に生きる筆者が、折にふれ、浮かぶ思いをつづる。

広場の木陰にて

 区役所へ、用事がありました。
 電動車いすで自宅から、10分もかかりません。
 午後の窓口受け付けは、1時からだったと思いました。それまでひまだったんで、役所のそばの広場の木陰で休んでいました。
 葉擦れの音がしていました。風に吹かれているうち心地よくなり、ぼうっとしてしまいました。
 とぼとぼ歩いてくるちいさいのは、1羽のハトぽっぽさんでした。電動車いすのそばまで来て、首を左右にかしげながら見上げています。
「ん?」
 そうか、エサがほしいのか。あいにく、ないんだよ。
 ぼくはつぶやいていました。ハトぽっぽさんは、向きをくるりと変え、とぼとぼ歩いて行ってしまいました。
 ことばが、わかったのか。それとも、思いが伝わるのか。
 まさかな。その想像に苦笑いしながら、ハトぽっぽさんの背中を見送りました。しかしずいぶんと人なれしてるなぁ、と妙な気分になりました。
 電動車いすにつけた時計をみると、もう役所の午後の受けつけ開始時間です。ぼくも建物入り口へと向かいました。

母が来て……

 昼すぎに部屋でひとり、休んでいると、仕切り戸が開いた。泉ピン子に似た母の顔があらわれ、
「おいっす!」
 いかりや長介かい、と心のうちでつぶやきながら、おいっす、と返事した。
 幸町からバスと地下鉄を乗りついで、ようすをみにきたのだ。ぼくは長町南にアパートを借りて介護サービスを利用しながら暮らしている。母が、
「よし、元気があって、よろしい。ん、おお、いい歌きいったな。だれの?」
「幹mikiさんの〈宙そら〉っていうアルバムCDだよ」
 わからない、と母が言う。そんなはずはないとパソコンを立ち上げ、YouTubeで〈仙台ゆりが丘マリアージュアンヴィラCM〉を検索して出してやると、流れる歌に母は耳を傾け、
「ああ、しってるしってる。きれいな声で歌う人だべ」
 そこから昨日、長町の〈びすた~り〉というレストランでいろんなアーチストさんのライブがあって、夕方に移動支援のヘルパーさんを頼んでみに行ったんだよ、という話をした。
 幹mikiさんのCDを買ってきたのは、歌を聴いていると心がおだやかになり、曲に込めた思いやメルヘンチックな話もきけて楽しかったからだ。
「ビールとか飲みながら?」
「うん」
 ぼくの体はいつも意に反してよけいな力が入り、たまに苦しくなるときがある。顔もゆがむ。それが、アルコールが入ると緩和されて、楽になる。ライブも、より楽しんで聴けるようになる。
 泉ピン子に似た顔が、にっこりうなずき、
「それはよかった」
 元気そうな母に、ぼくもホッとしていた。
 母は時計をみて、
「もう、こんな時間だ」
 次のヘルパーさんが来る前に、
泉ピン子は、帰るぜよ」
 といい、母は部屋を出て行った……。

障がい者長崎打楽団〈瑞宝太鼓〉

 闇と静寂を、和太鼓がうち破った。
 ばちをふる男たちの二の腕がたくましく、スポットライトでステージ上に浮かぶ乱舞は気迫がある。
 二列目の席でみていたぼくは、おなかに響いてくる太鼓の音に、
――おぉぉ~。
 強く訴えかけてくる力のようなものはしかし、生の演奏だから、というだけではあるまい。団のメンバーは、みんな障害を抱えている。生きてきた道は、けっして楽なことばかりではなかったはずだ。太鼓と出会い、表現手段とした。練習の積み重ねの日々、そして人生への想いがこもっているからだろう。
 障がい者長崎打楽団〈瑞宝太鼓〉のコンサートがきのう、仙台市太白区文化センターの楽楽楽ホールで催された。観客席の一員に車いすで加わっていた。
 ぼくが障害者施設から出てアパート暮らしに移ったときパソコンなどでお世話いただいた白髪まじりの男のボラさんと、
車いすで生演奏きけるライブハウスって、なかなかないんだよね…。防音設備上、ビルの地下とか多いんだけど、ほとんどエレベーターついてないし」
 そんな話をメールでやりとりしていた。
「じゃあこんど、瑞宝太鼓のコンサートがあるんだけど、行ってみない。太白区文化センターだから、車いすOKだし」
 と教えてもらった。
 太白区文化センターは、自宅から歩いて行ける距離である。介護事業所に、移動支援の申し込みをした。派遣されたヘルパーさんに手押しの車いすを押してもらって、会場まできたのだった。
 コンサートのなかばに、休憩時間が十五分あった。のどが渇いたので水分補給にホールの外へ出た。
 出入り口付近の売店で買ったアイスコーヒーを、ストローですする。自宅から近いといえ、ヘルパーさんには車いすを押させてきたので、気になっていた。
「おからだ、疲れてませんか?」
「わだしですか。いえ、ぜんぜんだいじょうぶですよ。いや~、太鼓の演奏、すごいですよね。たのしいです」
 ヘルパーさんに聞いて、それならよかったとホッとし、コーヒーをストローですする。
 太鼓の演舞の後半が始まった。
 小さな金属製の楽器を両手に持ち、体をくるくるまわして進みながら打ち鳴らす。リズムをとって笛を吹く。
 演奏は、もう何曲目だろうか。ばちで太鼓を打つうでも疲れているはずだ。それでも完成度の高い演舞に驚く。心も晴れやかになるのは、演者に楽しげな笑顔があるからだろうか。ファンは、国内だけではないという。
 感動と勇気をありがとう。がんばれ!