部屋の窓

脳性まひのぼくが、自分を愛するために、箸の先で書きつづる思い

寒さと向き合う

 おはようございます。
 仙台も、寒い日が続いています。布団から出るときは、
「えいっ!」
 と気合いを入れ、かけ声をかけたひとも、多かったのではないでしょうか。
 きょうは1月23日で、ワン、ツー、スリー。ジャンプする気持ちを持とう、という日なんだそうです。
 ぼくも心が折れそうになって、長いトンネルから出れずにいる、というか、自己憐憫にひたっていた気がします。もっと生活環境がこうなれば、とか、社会が、国が云々と…。
 けれど、障害のあるなし、肌の色のちがいに関わらず、だれだって、いろいろ抱えているのです。
 目指すところは理想ですが、その前に、スタートラインがどうなっているか、足下の状態をしっかり見なければ、つまずいてしまいます。この道にはどんな靴をはけばいいか、走るとき、ちゃんと地に足をつけているか…。
 前回の記事は、ちょっとお読みくださるのがつらかった方もいらっしゃったのではないか、と少し心配しておりました。そんなときは、すぐに読みとばしてください。
 ぼくはやっぱり、現実とちゃんと向き合ったうえで、強い心を持って生きていきたい、という思いがあります。人を見極める目も養っていかなければなりません。ふわふわしてたら、ころんじやいますからね。
 そういう思いがありまして、障害のあるなしの分け方がありますが、ぼくは世間の一部の差別感の強い人が、どんな心理状態で、そうなるのか、ということもこの際、知りたいと思い、AIに情報を集めてもらいましたが、ぼくの印象は、スタートラインの恵まれたところからなに言ってんのかな。電車にのるとき運転手さんに、店に入れば従業員さん全員に、一回ごとにいちいち感謝を述べるのかい、とか、ツッコみたくなるところが多かったです。。
 やはり資本主義というか、そういう社会では、経済への戦力、生産性が重視され、価値判断も、そちらに暴走し偏ってしまう。いまの社会の問題も、そこから起きているのだろうな、と思いました。
 物質性も、精神性も、ほんとうはどちらも大切にしなければなりません。
 前回の記事を読んでくださり、つらい思いをされた方には、ほんと、もうしわけありません。
 さて、きょうも寒いですが、ガンバ、です。