部屋の窓

脳性まひのぼくが、自分を愛するために、箸の先で書きつづる思い

干支丙午の年の始まり

 あけましておめでとうございます
 あっというまに4日になりました。早いものです。
 みなさん、お元気でしょうか。今年の干支は、丙午なんだそうです。いろんな予想がとびかっていますね。陽の光が強くなって、影もくっきり浮き彫りになる、という意味のことも、言われたりしています。さて、どんな一年になるんでしょう。
 ぼくはといえば、きのうは友だちがきてくれて、うちで新年会になりました。
 らふな空気でいろんな人としゃべっていると、かかっていた雲が晴れて、視野がひらける感覚をおぼえることがあります。そういう人たちがいてくれるのは、ありがたいことだな、と布団に入ってから、しみじみ思いまして、いつのまにか寝入っていました。
 1月になってから、背筋が寒くなって、夜明け前に目を覚まします。枕元の電気毛布のダイヤルを、顔を押し当ててようやく回し、温かくしてまた眠ります。
 もう布団から出たくないのですが、毎日きまって起床時間にはヘルパーさんが来るので、起きなければなりません。
 テレビで競馬が流れているのをみることがあります。
 しりを叩かれて走っています。ニンジンぶらぶらされて走るほうが、ぼくだったら、いいなぁ、と気づけば心のなかでつぶやいています。ぼくにとってのニンジンは、なんなんだ、と首をひねってみますが、わかりません。
 しりにむち打って少しでも走っていないと、ニンジンは、ぶらさがってこないのかもしれない。そう思いなおして、なまけ心をいましめています。
 いま、少し勉強しているのは、カール・グスタフユングの心理学です。若いときに本を読んでいたはずなんですが、時をへて読み返すと、こういうことだったのか、とストンと腑に落ちるところが多く、学び直しています。
 午年だから、というわけではありませんが、考えているばかりでは状況がいいほうに変わらないのかもしれません。
 何が起きても、もう、心が折れたりすることはないでしょう…。
 ふわふわしてないでもっと現実を見る目をもちなさい、と天のほうから期待されているのかな。それでしりを叩かれているのか、と受けとって、ときどき短く休んでも、目隠しでこの先に何かあるかわからないようでも、走り続ける。きびしい状況に負けず、しっかりその現実と向き合って、声を出しつづける。これからのモットーです。
 みなさんは、どんなモットーをお持ちでしょう。それぞれの人が、それぞれの色で輝いていられる社会になりますよう、祈ります。そのために、いくらか役に立って日々を生きていければ、さいわいです。
 今年も、よろしくおねがいします。