脳性まひ者 しんやのひとりごと

脳性麻痺による両上下肢機能障害と共に生きる筆者が、折にふれ、浮かぶ思いをつづる。

秋だから…

 湯船につかり、ふうとひと息つく。
 夜の八時過ぎである。入浴の介助でアパートにみえていた小太りの三十代の男のヘルパーさんが、
「こんど、またガッキーが出るドラマがあるので、楽しみなんです」
 その女優さんがお気に入りのようで、細い目がうれしそうにたれていた。ガッキーは、新垣結衣さんの愛称である。二十三ぐらいになるのだろうか。
 お父さんと中身が入れかわってしまう。そんなドラマが以前あった。女子高生の役で出ていて、毎週みていたのを思い出す。にっこりしながらぼくも、
「〈らんま1/2〉の実写版ですね。水かぶると、男の子になったり、女の子になったりするんでしたっけ。だいぶむかし、ちょっとだけ、まんが、みたことありますよ」
 ぽっこり出ているおなかを、彼はいとおしげになでていた。その動きにつられ、じっとみてしまう。
「夏バテでへこんだんだけど、復活してきました。外からも、虫の声がしてきますね」
 ぼくも耳をすまし、うなずきながら、
「やっぱりこれも、秋だから、ですかね」
 平成二十三年九月三十一日、空は雲が広がっていた。車の行き交う歩道を車いすを押してもらいながら行くと、ひとひら、ふたひら、枯れ葉が舞ってきた。午後の二時ごろだろうか。少なくなった定期薬をもらいに、かかりつけの診療所へ出かけていたのだった。
 歩道のあちら、こちらと、枯れ葉がわずかに落ちていた。街路樹はまだ緑が多い。けれど、住宅地の家の庭の柿の木の実が、前日通ったときより、いくぶん大きくなっていた。車いすを押してくれていたヘルパーさんも、
「やっぱり、秋ですね」
 しみじみと呟く。ふくよかな三十過ぎの主婦のヘルパーさんで、
「寒くないですか。尾崎さん、やせてるから。あたしは肉ぶとん、まとってるから、平気だけれど…」
 思いのこもった声だった。
「いや、あの、ですね、だいじょうぶです」
 というよりも、笑っちゃいけないところだと、こらえるのに必死なぼくだった。ちょっと冷たい風が、首すじをなでていく。
「そろそろインフルエンザの、予防注射の時期ですかね」
 聞かれて首を傾け、
「たぶん、申し込みは十月の末ぐらいだったと思いますよ」
「じゃぁ、まだ早いですね」
 うん、といいながら、もうすぐそんな時期なんだ、とあらためて思う。
「ことしは、大地震とか、いろいろありましたからね」
「ほんとです」
 診療所の待合室で、そんなやりとりをしていた。
 帰宅後は、パソコンに向かう。運動神経に関わる障害である。手があまり利かないので、割りばしをつけたサンバイザーをかぶり、頭を動かしながらキーを打つ。
 やるべきことが一通り終わり、ホッとする。
 風呂に入った夜は、ゆっくりすごす。すきな女優さんの出るドラマをみるのも、いつもの楽しみだった。
「風呂あがってから、なにかドラマとか、あるんですか」
 ヘルパーさんに聞かれ、首を傾ける。
「それがですね。志田未来ちゃんの出るドラマも終わって、成海璃子ちゃんも、終わってしまったし…。なんか、寂しいですよ。ハハハハ」
 いつのまにか、冴えないまま、もう四十四歳、どこからみても、いいオッさんになってしまった。志田未来さんは十八、成海璃子さんは十九だろうか。二人とも、そんなぼくのくたびれた心を癒してくれる、あこがれの女優さんである。
「あぁ…、ドラマも入れかわってしまうんですよね。でもだいじょうぶです。志田ちゃんも、璃子ちゃんも、また出てきますよ」
 言われてにっこりぼくも、うなずいた。
 人のよさそうな小太りの三十代の男のヘルパーさんである。
「ガッキー、やっぱり、かわいいですよね」
 というのが口癖だった。あこがれの女優さんのことを話すとき、細い目がたれる。ぽっこり出ているおなかを、またなでた。その動きにつられ、じっとみてしまう…。